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業界超えた共存共栄の道 -「印刷が変わらなければ製本も変わらない」

ミューラー・マルティニジャパン 五反田隆社長に聞く

 「印刷が変わらなければ製本も変わらない」と指摘するミューラー・マルティニジャパン(株)の五反田隆社長。日本特有の「分業制」が業界のDXの足枷となる中で、印刷と製本のより密接な関係性構築の必要性を訴えている。そこで今回、五反田社長にワールドワイドに展開する製本機械メーカーの立場から、日本の印刷製本産業におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)への道筋や見解について語ってもらった。


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五反田 社長


分業がDXの足枷に

 「コロナ禍」と言われる状況も約2年半が経過し、この間、DXへの対応がさらに必然性を増す中、製本機械メーカーの立場として、より印刷と製本を切り離して議論しづらくなったことを痛感している。

 日本の印刷市場において、良くも悪くも「分業」という産業構造が定着し、これまで印刷会社と製本会社はそれぞれ技術を磨き、それぞれの立ち位置で業務改善を行ってきた。

 一方、15年ほど前には、印刷会社が製本設備の導入やM&Aを通じて製本工程の内製化を積極的に進めた時期もあったが、その取り組みは長続きしなかった。やはり「職人色が強い」「人手がいる」など、「人的資源」によるものが大きく影響したと認識している。しかしここ最近、再びこのような動きが再燃し、ミューラー・マルティニの販売実績においても、ここ3年くらいは印刷会社向けがほとんどを占める。当然のことながら、製本工程は印刷工程の下流にあたり、製本業のみでの改革は非常に厳しい状況に立たされている。

 大前提として、製本の立場のみでDXを語ることはできない。つまり「日本特有の分業がDXの足枷となっている」とも言える。今後、より印刷と製本の密接な関係が必要となり、「印刷が変わらなければ製本も変わらない」ということだと思う。

数年遅れる日本のDX

 スイス本社の認識では、デジタル印刷化をはじめとしたDXにおいて、日本の印刷産業は欧米に比べて数年遅れている。その壁のひとつとなっているのが「高い品質要求レベル」である。先日3年ぶりに来日したルドルフ・ミューラー会長も品質要求については「日本とそれ以外のマーケット」と表現している。

 この遅れの理由を私なりに考えてみたところ「既得権益の壁」「読者重視でない戦略」「業界のしがらみ」などが挙げられる。前述の「分業制」によって印刷産業がメディアや媒体と相互の発展を目指す機会を逸し、品質やコスト、納期などの課題に対しても自分達だけで何とかしようとしてきた。そうなれば新たな発想や対応策の幅も狭まり、どうしても保守的な対策になってしまう。

 業界側の意見として「新聞や本をもっと読むべき」という声があるが、いまや知識や情報を収集する術はいくらでもある。メディアが多様化し、子供までもがスマートフォンを持つ時代に印刷の優位性だけを説くのは無理がある。

 一方で、印刷物の長期在庫や売れないものへの対策(返本など)に関しては業界全体が諦めているように思う。逆に消費や読者からみると、印刷物の場合、「買いたいものの在庫がない」「買うにも時間が掛かる」といった状況もある。これでは購買意欲が減退してしまう。

 そこで、デジタル印刷やDXを如何に活用するかとなるわけだが、日本の場合、「デジタル印刷化で新たな事業領域へ」という考え方が基本にある。それも重要だが、欧米では「デジタルで作るものを考える」のではなく、いまある仕事をオフセットからデジタルに「置き換える」という発想から始まっている。

 ここで問題になるのが「品質要求」だが、米国のある印刷会社が調査した結果では、オフセットでなければならない仕事は全体の15%程度。あとの残り85%は「オフセットでもデジタルでも、どちらでもいい」というものだった。

 次に、購買意欲減退に繋がる時間軸の問題。日本では大きな工場での集中生産で低コストを実現し、そこから全国に配送されるのが主流。この物流が「届くまでの時間」を大きく左右する。

 一方、国土が広い米国では、生産スピード1,350冊/時の「バレオ無線綴じ機」と三方断裁機「インフィニトリム」のラインで、1冊ずつサイズや厚みの異なる本を連続生産する「ブックオブワン」や「極小ロット」という受注が増え、そこで新たな収益モデルとして「複数の小型の機械で、しかも分散した場所(工場)で生産する」という、いわゆる「サテライト生産」「マルチサイト運用」が加速している。当然ながら、ここでの生産設備はデジタルになる。

 また、世界的にはフォトブックなどの上製本もデジタルを活用して大きな伸びを示しており、アメリカでは大学の教科書もデジタル+上製本で製作されてきている。

製本だけのDXは意味がない

 オフセットとデジタルどちらが良い悪いではなく、その共存共栄の中にデジタル化、DXが必要だということ。リアル書店もネット書店も共存共栄、そう考えれば新たな発想が生まれてくる。最初は電子書籍で配信して、その売れ行き次第で印刷製本されるという時代。その前にSNSによるマーケティングもあるだろう。最近、書籍の価格と初版部数をAIに試算させるという話も出ているが、電子書籍の実際のダウンロード数から試算すればもっと精度の高いマーケティングが可能かもしれない。それによって生産方式もデジタルかオフセットか、さらにデジタルで初版は少部数。売れ行き次第で、再版はどちらにするか。そんな運用も可能になる。

 印刷の優位性を維持する上でも、業界の垣根を越えた共存共栄の考え方が必要だと感じている。業界だけでは策は尽きてしまう。ここでデジタル印刷による生産体制、そしてデジタルで統合・連携されたワークフローシステムが必要不可欠になる。そのためにも印刷と製本がタッグを組むカタチで共存共栄を目指す。製本だけのDXはありえないし、意味はないが、来るべき時期に乗り遅れないためにも、製本業も準備をしなければならない。

 ミューラー・マルティニの販売実績において、欧米では「バレオ」や「インフィニトリム」といった小ロット多品種向けのデジタル対応製本機が圧倒的に多く、日本においてもDXの進展に期待している。しかし、現状を考慮した「共存共栄」の道を考えると、昔の高生産の大型機のメンテナンスによる延命サポートも重要だと考えている。ジャパンにおいても、その先に必ず訪れるであろう「デジタル」の準備はできている。

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