樋口印刷所(大阪)、発注者の「妥協」を払拭[Jet Press導入事例]
「特色」運用と小ロット対応に効果〜新市場開拓でオフとの相乗効果へ
(有)樋口印刷所(大阪市東住吉区桑津、樋口裕規社長)は昨年12月、「SDGsへの貢献」を旗印に、富士フイルムの商業印刷向け枚葉インクジェットデジタルプレス「Jet Press 750S」を導入。見積もり段階で取りこぼしていた小ロット案件をカバーするとともに、色再現の安定性を活かした「特色」の効率運用、高価な「特殊原反」の損紙削減、さらにはRGB表現における広色域を武器とした新市場開拓など、数多くの導入効果を弾き出している。
SDGs=デジタル印刷投資
樋口印刷所の創業は昭和45年。職人気質だった先代・樋口義一氏がハイデルベルグ社製印刷機「KORD」1台から起業した、下請けを専門とする商業印刷会社だ。現在、オフセット印刷機はすべて菊半サイズの油性機で、「スピードマスターXL75」(4色機)をはじめ、「スピードマスターCX75」(4色機)、「スピードマスターSX74」(2色機)、「スピードマスターPM74」(両面兼用2色機)、これら計4台すべてがハイデルベルグ社製で統一されている。
とくに「特色」を得意としてきた同社では、倍径圧胴を備える「スピードマスターXL75」の導入を契機に受注の守備範囲を拡げ、結果、パッケージをはじめタック紙、ユポ、ホイル紙、アルミ、和紙、不織布といった薄紙から厚紙までの様々な特殊原反への印刷需要が急増。創業当初からシビアな品質要求、しかも短納期といった「他社では嫌がられる仕事」を数多くこなすことで企業価値を高めてきた同社だが、およそ8年前からは「特殊原反」へのオフセット印刷においても「駆け込み寺」的存在として、その技術力は高い評価を得ている。
そんな同社が、自社の将来に向けた新たな成長エンジンとして着目したのがデジタル印刷技術だ。「自社の成長戦略として、水なし印刷やUV印刷という選択肢もあったが、マーケットを広げるという意味では、デジタル印刷が最有力候補だった」と樋口社長は振り返る。その選択を決定付けたのがSDGsへの関心の高まりだ。
「顧客からのグリーンプリンティングに対する要求が高まる中、『損紙ゼロ=インキの無駄を削減』『プレートレス=廃液ゼロ』といったデジタル印刷技術の環境対応適正によって、当社のような町工場でもSDGsにわずかながらでも貢献できるのではないかと考えた」(樋口社長)
デジタル印刷への投資は、コロナ禍で加速する小ロット化の流れに対し、見積もり段階で取りこぼしていたこれら小ロットの仕事をカバーする狙いが根底にあった。さらに、人材確保という面からも、その効果に期待を寄せている。「今後、熟練を要するオフセット印刷のオペレータを確保することが難しくなる。育成という面でもデジタル印刷は有利だし、デジタル投資によるブランディングという側面からも投資効果が期待できる」と説明する。
機種選択については、ほぼ「Jet Press一択」だったようだ。デジタルプレス事業部の鉛口茂雄氏は、「ハイデルベルグユーザーということもあり、デジタルプレス分野でその協業関係にあった富士フイルムのインクジェットヘッド『SAMBA』には以前から注目していた。その先進性と実績を知り、ほぼ一択だったと言える。搬送部を含め、オフセットライクな機械構造にも親しみを感じた」と説明する。
新たなアイデア創造を促すデジタルプレス
Jet Pressは、プリントヘッドにシングルパス方式の「SAMBA」、インクに広色域の水性顔料インク「VIVIDIA」を使用し、用紙上での打滴のにじみを抑える「RAPIC(ラピック)技術」により、多種の用紙にシャープで階調豊かな画像を形成するB2サイズ枚葉型インクジェットデジタル印刷機。昨年12月に設置され、調整・テスト運用を経て1月5日から実稼働に入っているが、同社では同時にSNSやYouTubeなどを使って積極的に対外PRを行い、その反応は予想を超えるものだという。
「年始からお客様にJet Press導入を案内したところ、毎日見学が絶えない状況。デジタル印刷への関心がこれほど高いとは思っていなかった。印刷需要が低迷する中で、このJet Pressを皆様に活用いただき、ここを基点に新しいアイデアを創造して欲しい」(鉛口氏)
とくにRGB表現におけるフルガモットの広色域はグリーンやオレンジを鮮やかに表現できることから、カメラマンやデザイナー、同人誌分野から注目を集め、「オフセット印刷では出なかった色、あきらめていた色が出せる」という期待の声が上がっているという。
鉛口氏は「高い次元における色の一貫性、再現性はもちろん、Jet Pressはオフセット印刷における顧客の悩みを解決してくれるツール。同業者が断っていた仕事、あるいはオフセット品質、POD品質によってクリエイティビティで妥協してきた市場を取りに行く」と意欲を示す。
一方、Jet Press導入の効果は、同社の真骨頂とも言える「特色」においても、その色の安定性、一貫性が仕事の効率を高めている。
年2回、色・サイズがそれぞれ異なる約30パターンのノート表紙(ベタ)の仕事があり、毎回色校正を3校程度行う。これをJet Pressに移行する話が進んでいる。色見本を測色し、JePressで測色値を中心としてL*a*b*の彩度、明度を広げた27パッチのカラーチャートを出力。発注側がその中から色を指定し、そのままJet Pressで印刷する。この運用によって、オフセットでは丸1日かかっていた校正作業を1〜2時間で完結できるという。「最終クライアントもベタ濃度の安定性を高く評価し、料金は高くなっても今年からJet Pressへ移行すべく準備が進められている」(樋口社長)
さらに特殊紙を得意とする同社にとって、メディア対応力もJet Pressへの期待値を高めている。不織布や和紙などですでに実績を生んでおり、印圧がない分、表現力の高い印刷物があがると評判だ。「料金は高くなるが、高価な原反の損紙がなくなることでトータルの割高感はそれほどない」(樋口社長)
「交渉力」を生み、印刷業としての「自信」へ
導入後、既存顧客から大きな反響を呼んでいるJet Pressだが、まだまだオフセット印刷へのこだわり、水性インクに対する拒否反応を示す顧客もいる。これに対し、これまでオフセット印刷技術一筋の樋口社長は、「Jet Pressのすべてを信用することなく、常に疑いの目をもって、より精度、レベルの高い運用を目指したい」と語る。また鉛口氏は「オフセット印刷へのこだわりに対し、我々はデジタル印刷に対する不信感を払拭していく作業が必要だと考える。そのためにも、とにかく見てもらい、テストしてもらい、体感してほしい」と訴えている。
「デジタル印刷技術によって新たな市場を開拓することで、オフセット印刷に波及する仕事もあり、すでに実際の事例も出ている。オフセット印刷がデジタル印刷に置き換わるのではなく、8:2の割合でそれぞれの特性を訴求することで、相乗効果の最大化を目指したい」(樋口社長)
「高品位の小ロット印刷物を安価に...」。発注者側の求めるもの、あるいは悩みを解決することで、下請けを専門とする印刷会社でも「交渉力」が生まれる。Jet Pressは、樋口印刷所にその「印刷業としての確固たる自信」をもたらしているようだ。
